ある所にとてもとても不幸な男がいました。
毎日毎日何をやってもうまくいかないことばかり。
金もなく
友もなく
恋人もいなければ
かわいいペットですら、すぐに彼をおいて逝ってしまいます。
男は毎日毎日嘆いていました。
不幸な自分に嘆いていました。
そんなある日、男のもとに一匹の黒い山羊が現れました。
黒い山羊は言いました。
「僕は君を幸せにすることはできないけれど
君の不幸をもらってあげる事くらいならできる」
男にはその意味がよくわかりませんでした。
わかりはしませんでしたが、毎日のように振りかかる、恐ろしい不幸が無くなると言うのであれば、それ程素晴らしい事はないと喜んで、その山羊に自分の不幸をあげることにしました。
その日から不思議と、男が不幸を感じる事はなくなりました。
お金が無くても不幸だとは思わなくなりました。
そばに誰もいなくても不幸だとは思わなくなりました。
誰かの失敗をなすりつけられも、不幸だとは思わなくなりました。
男の生活は何一つ変わりはしませんでした。
けれどもう、男は少しも不幸ではありませんでした。
ある朝目が覚めると、沢山の村人が男の家を囲んでいました。
この所、流行りはじめた疫病が、その男によってもたらされた不幸だと、とても遠い国からきた、とても高名らしい、とても立派な魔術師の占いで出たのだそうです。
村中の人々が男を憎んでいました。
村中の人々が男を恨んでいました。
村中の人々に取り囲まれ、捕らえられ、手に縄をかけられ、綺麗に掃除された村の広場に作られた、綺麗に飾られた祭壇の上で首を押さえられ、刃物をあてられたその時ですら、男は自らを不幸とは思いませんでした。
全ての人々が男を睨みつけていました。
全ての人々が男の死を望んでいました。
それをぼんやりと眺めながら、男は思いました。
自分が死ぬことで、この人達はあの恐ろしい不幸から救われるのだろうか。
それは
それはとても素晴らしい事なのかもしれない。
男はふと、祭壇を取り囲む村人たちの中に、あの黒い山羊がいることに気が付きました。
山羊は言いました。
「調子はどうだい?」
男はにこやかに答えました。
「あぁ、お前のお陰でとても調子が良いよ。
ありがとう。
お前と出会えた事で、私は不幸ではなくなった。
見てくれ、私はこんなにも」
最後まで言葉は続けられませんでした。
振り下ろされた、とても鈍い刃のついた、とても重い斧がその首に振り下ろされたからです。
ぽんと男の首が飛び、地面を跳ねて転がりました。
吹き出した血が広がり、祭壇を綺麗な赤色で染めていきます。
それをみた村人たちはとても喜びました。
その時確かに、その村には幸せだけがあふれていました。
男は死んでしまいました。
めでたしめでたし。